「勉強の哲学」に影響された輩の日記

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2019-12-23

朝から疲れた。今日は発表後に大掃除。
肉体の疲れが頭まで波及するタイプの疲れ。要するに心身ともに疲れてる。喘息のときに無理するとこうなるっぽい。使う意志力がいつもより増えるため、いつもなら体だけが疲れるのに精神も同じくらい消耗する。
電車に座れたし最寄りまでゆっくりできるがしんどいはしんどい。
昨日はグーグルネストミニが家に届いた。あれ面白い。EvernoteとTwitterをIFTTT経由で接続できるらしいのでやってみたいと思ってる。
思いっきり薬使って喘息とめたから深呼吸すれば少し気分がマシかもしれない。腹式呼吸が肝要。鼻呼吸のために早くアレグラ買いに行かなくては。
明日はクリスマス・イブ。用はないので作りたい。無理矢理。難しい。
半信半疑で最近化粧水を試しているが本当に肌の乾燥が無くなってきた。どういう理屈なのか分からんが全然違う。化粧しろとは言わないがスキンケアはして損することはないなと実感した。値段は関係ないと昔ミス・ユニバースの人が言ってたので安いの買おうかな。量はいっぱい使えって聞いた。
少し体調が良くなってきた。
githubはコマンドライン覚えたほうがいいかなと思い始めてきた。でもこれはSくんの影響が大きいので確かなことは分からない。出来てる感が出るようなそうでもないような。
ジム行かないともったいないよ、流石に。一回4千円くらいになってるよ。今日は行きなさい。ジム一回500円にするには16回行かなくてはならない。2日に一回行きなさい。
賢くなりたいなら音読と運動(有酸素)。かっこよくなりたいなら筋トレ。
雑談はユーモアの過剰を続ける営み。お互いにユーモアを働かせるという事実が共犯関係を生み出している。これも仲がいいということの一面。その先にユーモアを発揮しなくてもいいという次元がある。これはもはや同じ空間にいるだけで共犯関係になるようなものだ。
共犯関係という言葉の定義が曖昧。何を犯しているのかといえば言葉だろうか。相手のためにユーモアを発揮する労力を払うということか。いや、コードのほうを犯しているのか。ユーモアの過剰による脱コード化。コード変換。共犯関係者による新しいコードの作成。新しいノリ。このノリが大事なのか。仲良くなるとは今までとは違う環境なのか。友達をつくるのが苦手というのは新しいコードに飛び込めないという言葉が近い。個人を学ぶ、勉強することによる脱コード化。なるほど人に興味がないと友達を作れないのは当然か。つまらないと思うものはなかなか学べないから。
変なことは面白い。これは常にコードからはずれない人はつまらないということにも通じている。ユーモアもアイロニーも無ければコードは変化しない。人はコードの中に安心感を見出すが、同時にコードの外に出ることを夢見ている。コードに刺激を与えられる人は、コードの外に引っ張ってくれることを
期待する。
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