【行動経済学】選択肢を選ぶより、他を選ばないことが難しい

選択肢はひとつしか選べない

人生は選択の連続ですが、人間本当は選択などしたく無いのではないか。何せ選んでしまえば選ばなかった方を捨ててしまうことになるのだから。

どうも、ななめです。今回は選択の時にやりがちな論理的ではない行動について書いていこうと思います。

 

みなさんは選択するとききっぱりと選択出来るでしょうか。わりと身近なところでいけば外食の時とかにメニューをすぐ決められるでしょうか。

一定数の人がなかなかすぐに決められないと思うでしょう。かくいう私もその一人です。では、次の質問なのですが、外食のメニューに悩んで得したことはありますか。

 

嫌な質問ですよね。僕は悩んだお陰で得したと感じたことはありません。どれを選んでも満足感にそこまで大きな差はないとは思っているからです。

メニューの話なら大したこと無いと思う人もいると思いますが、ではマイホーム建築となったらどうでしょうか。同じぐらいの立地や家が二軒あるとき、あなたは即決出来ますか?同じぐらいの評価だと結論が出たとしてもそこでどちらかを選ぶのは難しいように感じます。

何でこんなに悩んでしまうのか

実はこれには人間の根源的な恐怖が関係しています。人間は農耕を始めてから蓄えることの重要性を学びました。蓄えることができれば必要な時に取り出せる。飢えに苦しむ可能性を減らせる。こうしたメリットがあります。このとき同時に奪うことを学びました。相手から奪えばたくさんの資源が一気に手に入る。逆に言えば奪われたら命ばおびやかされます。

 

こうしたことから、人間は自分のものを失うことにひどく敏感になりました。それは実体を持たない可能性なども同様です。外食のメニューでいえば、ラーメンを選んだことで選ぶことができなくなったチャーハンにひどく執心してしまいます。(半チャーハンなんかのセットメニューはこうした心理を利用してます。体重を気にしている人なら半チャーハンを選ぶことは非合理な選択です。)

 

こうしたことで悩むことにはさらにコストがかかっています。時間です。あなたが一生懸命悩んでいた時間で他のことができるのですから、やはり悩むことは損失を発生させます。

 

誤解しないでほしいことは全ての悩むことが損失であるといっているわけではありません。家を買うにしても、慎重になるこては決して間違いではありません。問題になってくるのはそのあとです。ある程度悩んで、これ以上考えるのは時間の無駄だと割り切ることができるのかどうかが大事なのです。考えることにもコストがかかるし悩むことは体力を使います。極端な話ですが、どちらも同じくらいの価値であると分かったらくじ引きで決めてしまうのも悪いことではないのだと思います。

 

 

 

 

 

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